第八話

 ――いや、地球は陸地のみに対して、この世界神託の地の海面分を差し引いていない。
 地図を見る限り、八割以上は陸地の様子だが、パーセンテージはもうちょっと少ないだろう。

 

 至誠は考えを検めようとしていると、今し方不意に口から漏れた「七パーセント」という言葉にリネーシャ達が関心を示す。

 

「こちらの計算では二パーセントのはずだが、どのように導き出した?」

 

 一呼吸の間を置く間に脳裏で暗算を済ませ、至誠はその疑問に答える。

 

「神託の地の一片が三二〇〇キロメートルで、かつ、僕の知っている地球と同じ陸地面積があると仮定した場合、確かに神託の地は地球の二パーセント相当ですね。ただ、僕の知る知識では、海と陸の割合は七対三でした。なので三割の陸地と比較した場合は六から七パーセントくらいと思います」

 

「たしかに、そのようだな」

 

 リネーシャはすぐにその数値を脳裏で求めたらしく、ほとんど間髪も入れず納得する。

 

「そ、そんなに小さいのですか……?」

 

 振り向くと、リッチェの表情は少し怯えが影を落としていた。興味本位で聞いた事を後悔している様子だ。

 確かに、自分の知っている世界がちっぽけな一部に過ぎない事を知った衝撃は大きい。
 至誠が天文学に興味を持ったのも、文字通り天文学的広さを持つ宇宙に対して、地球の小ささを知った衝撃が一つの要因としてある。

 

「もちろん、前提条件が違ってれば結果は大きく変わりますけど」

 

 そうリッチェに配慮するように付け加える。
 しかし「いや――」と、それに水を差すのはリネーシャだ。

 

「我々はすでに世界が球状であることを確信している。だがこれは、我が国において上層部のみが閲覧できる情報だがね」

 

 その言葉が至誠の脳裏に引っかかる。

 

「先ほどは二つの説があるみたいでしたけど――」

 

 言っていることが矛盾しているようで、それを聞くべきか考えるよりも早く口にしていた。

 

「世界のありようについて関心を向ける為だ。世界の大きさを知るだけならまだしも、その先を知るには一般人には早すぎる」

「その先――宇宙、ですか?」

「ああ」

 

 リネーシャの言いたいことは、至誠には痛いほど理解できた。

 地球は確かに広大だ。
 だが宇宙の規模と比較してしまえば、塵にも満たないちっぽけな存在に過ぎない。

 幼い頃にその事実を知った時、怖くて眠れなくなった記憶がある。

 

「この話も長くなりそうだ。今は話を戻そう。世界が球状であることは、実際に周回し確認している。そして地上の歪みから、その大きさもおおよそ算出できている。まさに、シセイが言った数値と同等の結果だ」

 

「けどそれは、『普通なら一般人が知り得るはずがない情報』よねぇ」

 

 エルミリディナは呆れた口調で椅子にもたれかかる。

 

「ニホンにおいては広く知られていたのかしらぁ?」

「そうですね。数値まで覚えている人がどれくらいいたかは分からないですが、世界が球体で、地球の外側が宇宙であることを知らない人は居なかったと思います」

「それは恐ろしい世界ねぇ」

 

 誰もがそれを知っていたはずだ。
 だが多くの人はそこから目を背けて生きてきた。

 宇宙の規模は、人間ひとりが向き合える範疇はんちゅうを遙かに超えているからだ。

 

「ここまでの話で、何か気になることはあるかね?」

 

 宇宙について瞑想しかけていた至誠は、リネーシャによって引き戻される。

 

「そうですね……」

 

 今は余計なことを考えるのは止めよう。
 それよりもこの世界についての情報をもっと収集すべきだ。

 この世界が地球と同じ大きさであることは喜ばしい。
 ある程度地球の常識も通じる可能性があるからだ。

 そのうえで、話の腰を折らずに気になる点を挙げるとすれば――

 

「不浄の地の探査って出来るんですか? 化け物が跋扈してるって言ってましたけど」

 

 不浄の地の印象は、そもそもが侵入不可能なように受け取っていた。
 そのため世界一周して探査できているは意外だった。

 

「不可能ではない。高濃度のオドに対応する態勢と、怨人に対抗できる戦力があればいい」

 

 だがそれが現実的でないとリネーシャは付け加える。

 

「確かに、希に未知の物質やアーティファクトの類いが存在する。しかしそれは極めて低確率であり、発見物の多くが利益となる成果リターンではなく危険な事象リスクだ」

 

 ハイリスク、ローリターン。
 もっとも効率的な政策は関わらないことだ――とリネーシャは語る。

 

「そのため、調査を行おうとする物好きはほとんどいないな」

「ま、物好き筆頭がここに居るリネーシャなんだけどねぇ」

 

 そうだな――と自虐的な笑みを浮かべた後、仕切り直すように表情を落ち着かせ一つの提案を口にする。

 

「シセイ、一つ提案がある」

「なんでしょう?」

 

 不意に告げられた提案は、至誠がまったく予期していなかったものだった。

 

「君の記憶を覗かせてくれ」

 

「えっ?」

 

 予測できなかった提案を投げかけられたことで理解が遅れ、その間に間抜けな声がこぼれ落ちた。

 そうね――と賛同するのはエルミリディナで、テサロに向かって問いかける。

 

「今あの術式は使えるかしら?」

 

 魔法あるいは類する事象を用いるのだろう――そう理解していると、テサロが再度人差し指を掲げる。

 

「ええ、持ってきておりますよ」

 

 呼応するように壁端に積み上げられた本のうち一冊が宙を飛んでくる。
 それは日本刀が立てかけられている所にあった書籍のひとつだ。

 書籍は円卓を迂回すると、急減速しテサロの手に収まる。

 

「『覗く』と表現すると語弊があるな、記憶の映像化、あるいは投影だ」 

「記憶を、ですか――」

 

 リネーシャは補足を入れるが、それでも釈然としない。
 どのような手法で、どういった影響がでるのか、まるで分からないためだ。

 だが、一つの期待が脳裏を過ぎる。

 

「それは、自分の思い出せない記憶とかも分かりますか?」

 

 それが可能ならば「なぜ自分がここに居るのか」「なぜこのような事態になったのか」その直前の記憶が判明すると思ったからだ。

 

「残念ながらこの術式は、脳裏に浮かぶ記憶の光景を映像として投影する魔法だ。被術者が連想したことでないと投影できない。故に不可能だ。シセイの求める効能は霊術に存在する。だがこれは、シセイに重大な副作用をもたらす可能性が極めて高い」

 

 逆にこれから行う術式には危険はない――そう含ませ、改めてリネーシャは求めてくる。

 

「ニホンの光景が見てみたい。頼めるだろうか?」

 

 至誠は少し考える。

 だが、他に選択肢はない。
 危険はないという言葉は信じるしかないだろう――との結論に終結する。

 この行動は自分にとっても有益なことに繋がるはずだ。
 未知の事象を受ける事に関してはかなりの勇気がいるが、それでもそこから何か別の情報が手に入るかもしれない。

 

「わかりました」

 

 承諾すると、テサロが近づき至誠の背後にまわる。

 

「失礼致します」

 

 テサロは断りの言葉の直後、至誠の頭頂部に手のひらを乗せる。

 

 直後、至誠の視界にも光が降り注ぐ。

 それが頭上でまたたく魔法陣から漏れ出す光だと理解すると、平静を保とうと努める至誠にも、緊張の色が露見しはじめる。

 

「そう固くなるな。上手くいかなくとも構わない。もっと力を抜け」

 

 その事にリネーシャが気付かないはずはなく、諭されるような口調を投げかけてくる。

 

「それでは開始いたします」

 

 テサロの合図と同時に、彼女らの視線は円卓上に向けられている。

 そこには小さな六つの魔法陣が円を描くように浮かび上がり、中央の大きな魔方陣へ向けて光を放つ。

 

 ――これは?

 

 そう脳裏に疑問が過ぎると、中央の魔法陣が至誠の視界を映し出す。
 投影はさらに内部に投影した光景を映し出し、今は合わせ鏡のような光景が広がる。

 プロジェクターで映像を投影するような感じだろうか――そんな考えが脳裏に過ぎると、不意に映像が学校の視聴覚室へ変化する。

 至誠の最も身近にあったプロジェクターといえば、学校の視聴覚にあった設備だ。
 それがまるで連想ゲームのように脳裏に過ぎった為の現象だったが、予期していなかった現象に驚くと同時、その光景はかき消える。

 

「惜しいな。だが焦ることはない。単純に記憶ではなく、五感で思い出すとより鮮明に投影出来る。その為には目を瞑ると最も効果的だ」

 

 今は細かい疑問は後回しにし、至誠は記憶を手繰るために目を閉じる。

 

 緊張はなかなか拭えなかったが、しばらくすると自然と無くなっていった。

 

 記憶を手繰る。

 

 その過程で最初に思ったのは、彼女達は何を見たいのか? と言う事だ。

 

 ――潮の香り、新鮮な魚介類。漁師であり船長だった父がいつもの漁船で出港し、そして大漁旗と旭日旗を掲げて帰ってくる。血の繋がった親族だけではなく、船員達や多くの関係者から可愛がられて育った。

 

 だが、彼女達が知りたいのはそんな生い立ちのことでは無いだろう。

 

 ――何が最適だろうか。

 

 しばらく考えを巡らせ、中学の修学旅行で行った東京の記憶が良さそうだと至る。

 

 生まれて初めて飛行機に乗った。

 福岡空港から羽田空港までの一時間ちょっとの飛行はまるで未知の世界に来たかのようにわくわくしたものだ。

 東京に近づくと、小窓から見下ろせる東京湾とその周囲に地平線まで広がるかの様相の都市群。灰色一色の中にまばらに点在する緑の草木。

 視力には自信があったが、それでも飛行機から自動車を視認出来ない程の小ささ。東京湾を行き来する巨大な商船やタンカーも、米粒のように小さく見える。

 だが、それも飛行機から降りると巨大な飛行場、そしてそびえ立つビル群に圧倒された。どれほど自分がちっぽけなのかと思い知らされるように。

 バスで走れども走れどもビル群が無くなることはなく、唯一の例外の橋ですら、その巨大な建造物は田舎の小川にかかる橋とは比較にならない。

 

 

 そんな修学旅行の記憶を巡り、ひとまずどんなものかとそっと目を開く。

 ふと見渡すと、リネーシャは紅潮し愉快に目を細め口角がつり上がっている。
 エルミリディナも口角が上がっていたが、どちらかと言えば引きつっている様な表情にも見える。

 背後に居たテサロは分からなかったが、側にいるリッチェは驚愕を描いたかのような表情をしている。

 

「凄まじいわね……」

 

 そう一言、エルミリディナは零した。

 

「シセイ、今の光景について解説してもらえるだろうか?」

「えっと……。僕は日本の片田舎で生まれ育ったんですが、学校教育の一環で東京に行ったときの記憶です」

「トーキョーとは?」

「日本の首都です。僕の時代の東京は世界でも有数の大都市で、確か人口密度は世界一だったはずです」

 

 リッチェはたまらず口を挟む。

 

「魔法や鬼道は無かったのではないのですか? それなくしてどのようにあの様な都市を造ることができたのですか?」

 

「建築技術については門外漢なので分かりませんが、魔法ではないですね」

 

 そう言われても釈然としない――そんな焦燥感を感じさせる表情をリッチェは浮かべていたが、それ以上なんと口にすれば良いのか分からない様子だった。

 

「全く別系統の技術体系だな。魔法ならその根幹はマナ。鬼道ならエス。ではニホンの技術体系における根源とは何だ?」

 

 リネーシャの問いは、なぜ日本が、ひいてはこの時代の人類がこのような文明を築けたか――という疑問だ。

 人類の進化においてよく言われるのが二足歩行や火の使用だろう。
 だがそれをリネーシャに告げるのは彼女の求める答えではない。

 

「電気、だと思います」

 

 歴史の知識を振り返ると、急速な進歩を遂げたのは産業革命以降だ。
 それに最も貢献したのはトーマス・エジソンをはじめとする電気の普及の功績だと考え、そう答えた。

 

「ニホンにおける『電気』とは、『雷と同質のエネルギー体』との認識で間違いないだろうか?」

 

「はい。その電気テクノロジーの発明が文明を急速に加速させる時代でした。東京の街並みも、確か五〇年程度で造られたはずです」

 

 至誠から見れば五〇年とは途方もない年月だが、リネーシャの自称する年齢からしてみると微々たるものだろうと推測し、あえて『程度』と言い回しを使う。

 

「しかしあれは、非常に不安定なエネルギー体ではございませんか?」

 

 次に疑問を投げかけてきたのはテサロだ。

 

「どうでしょう。確かに使い方を誤れば恐ろしいですが、安定させる技術が確立されていたはずです。その辺りも詳しくないですが――」

 

「その安定化させる技術を魔法や鬼道でも再現できないでしょうか?」

 

 リッチェの提言はリネーシャの琴線にふれる。
 もし可能であれば、この世界の技術体系が劇的に変化する可能性をいくつも考えられたからだ。

 しかしシセイは学生だと言っていた。専門知識も持っていないというのは想像に難くない。その道のりは非常に険しいのは明白だ。
 だが、だからこそ、リネーシャは血を沸き立たせる。

 

「精細な雷の制御か。攻撃手段として用いることはあったが……その発想はなかったな」

「そんな顔を見るのは久しぶりねぇ」

 

 愉しそうな表情を零すリネーシャを見てエルミリディナが茶化す。

 

「っと。今は優先すべきは一つの議題を掘り下げることではないな」

 

 リネーシャが浮かべていた表情筋のほころびは急速に沈静化する。

 

「シセイ、無論分かる範囲、知っている範囲で構わない。後ほど本国に戻った際に電気を用いた技術体系の確立に協力してもらいたい」

「は、はい。僕でよければ」

 

 だが――と残念そうにリネーシャは周囲を見渡す。

 

「今はまともに検証と実験を行える環境ではない」

 

 電気については一度区切ろうと提唱し、「別視点から気になる点はあるか?」と周囲に問いかける。

 

「それではよろしいでしょうか?」

 

 もっとも早く口を開いたのはテサロだった。

 

「不鮮明でしたが、文字と思しき光景が垣間見えました。私としましてはニホンにおける文字形態が気になります」