第一三話

 飛来する雷撃に対し、リッチェは即座に行動した。
 魔法防壁によって至誠を守ろうと。
 しかし、より素早く行使されたテサロの魔法によって未遂に終わった。

 

 ――なっ!?

 

 そんな感嘆符が脳裏を過ぎる頃には、リッチェの体は高く宙に浮いていた。

 至誠は嘔吐の内容物が胃液のみになろうかとしていた最中、体に衝撃が加わり視界が転換する。

 急な出来事に驚いたが、その結果、わずかに戻った思考力が周囲に向き地面が遠のいたのを理解する。

 

 ――浮いてる。

 

 それを認識したのは数秒後、重力に従い落下し地面が目の前に迫ったときのことだった。

 至誠はリネーシャの肩に担がれている。

 その幼い体からは想像できないでいると、どれほど積もっているのか分からない雪原に地吹雪を巻き上げ着地する。

 

 不思議と至誠に衝撃はなかった。

 

 その後方でヴァルルーツを担いだエルミリディナと、テサロに首根を捕まれたリッチェも同様に着地する。

 

 リッチェは着地と共にテサロの手を離れるが、至誠とヴァルルーツは担がれたままだ。

 

 一行は雪原を駆ける。

 

 駆けると行っても足の動きは最小限で、歩行にすら及ばない。
 リネーシャもエルミリディナもテサロもリッチェも、雪上をわずかに浮遊した状態で高速で移動している。

 それはまるで自動車に乗っているかのような、いやそれ以上の速度をもって。
 だがその冷気はまるで至誠に影響を与えない。どころか風すらほとんど感じない。

 

 しかし再び襲ってきた嗚咽の波によって両手で口を押さえ、思考する余裕を奪っていった。

 

 直後の事だった。

 

 後方より、闇夜を払拭せんと言わんばかりの光源が輝きはじめる。
 そこは先ほどまで居たはずの場所で、一拍する内に光輝は肥大化してゆく。

 収束した光源は一瞬目が眩むほどの輝きが辺りに散らばったかと思うと、深雪を飲み込みながら一気に迫る。

 

 一行はまるで後方に目が付いていると言わんばかりに即時転進し回避する。

 

 魔女の攻撃に飲まれた地面は、雪もろとも抉られ消滅している。
 高速で直線的で、至誠の知識で例えるならばまるでレーザービームだ。

 だがその攻撃は一度の射撃だけに終わった。
 第二射が飛来する予兆は見られない。

 

 すなわちそれは攻撃よりも目隠しが目的だ。

 その闇夜に抜ける強大な光源は常人あらば目が眩み、攻撃を回避したとしても夜目が利かなくなる。

 実際、リッチェはわずかに、ヴァルルーツと至誠はその影響をもろに受け、視界の明度が落ちる。

 

 その間に、魔女が急速接近する。

 

 目立って追ってくるのは後方に三人。

 

 いや、それを人形ひとがたと呼ぶべきかは疑わしい。

 

 何れも頭部は無く、体はひどく損傷しており、すでに流れ出る血液すら残っていないほどの様相のそれは、先ほどリネーシャに殺されたはずの魔女だ。

 異形の魔女は二度の死を経て、人とはかけ離れた挙動で近づいてくる。
 まるで操られた人形のように。

 

「あ、あいつらは一体!」

 

 そんな状況を目にしたヴァルルーツはそう悲痛とも似た動揺を口にする。

 

「後どれほどで戻ってこれるかしら?」

「五十一秒」

「分かったわぁ。狙いがどっちか分からないけど、あいつら私が遊んでくから」

 

 だがリネーシャとエルミリディナはヴァルルーツの言葉に応えず、二人だけで何かを確認している。

 

「スワヴェルの方は?」

「敵襲無し。物品を確保し潜伏中ねぇ」

「そちらの保護を優先するが、好機とあらば必要に応じて動けと伝えよ」

「了解よぉ」

 

 少しの間を経てリネーシャは言葉を続ける。

 

「あとは好きにしろ。だが優先順位を間違えるな」

「もちろんよぉ。でもそっちに行っちゃった場合はそっちでなんとかしなさいよ。私はあいつらが劇慟硝石の反作用を利用して、何をしでかすのか気になるわぁ」

「喰われても助けてやらんぞ」

「もちろん構わないわぁ」

 

 その最中、リッチェはそう彼女達に具申を挟む。

 

「後方の三体は私が射撃して応戦しましょうか?」

 

 あの動く死体は異質ではあるが、動き自体は直線的だ。
 遠距離攻撃も見受けられない。
 ならば遠距離から一方的に魔法攻撃する事で容易に倒せるとリッチェは考えた。

 

 だがリネーシャは叱責を内包する淡泊な口調で返す。

 

「何度も言わせるな。至誠に危害が加わらないようにだけ集中しろ」

「――っ。はい」

 

 リッチェが視線を落とすと、テサロが端的に告げる。

 

「リッチェ。失態を取り戻そうと失態を重ねる事は忌むべきです」

「……申し訳ありません」

 

 リッチェはそう謝罪を口にし、再び視線を前へ戻した。

 

 

 リッチェの行動――先ほどの、飛来する雷撃から至誠を守ろうとした行為は、結果から言えば悪手だった。

 左右から飛来する攻撃は当たれば至誠が死んでしまうほどの強大な魔法攻撃なのは間違いない。

 だがそれを防ぐと、上空からの攻撃が飛来しただろう。

 そしてそれすらも囮であり、魔女の本命は足下からの攻撃だった。

 

 敵の魔女の誘いにまんまと引っかかりそうになったリッチェは、なんとか挽回したいという意識からの進言だったが、結果は散々だ。

 

 そんなリッチェの心情など一つ一つ配慮する余裕などなく、事態は進み続ける。

 

「四十秒」

 

 リネーシャの指定する秒数が更新されると、エルミリディナは急減速し直前まで迫っていた異形の魔女の脇をすり抜け背後を取る。

 ヴァルルーツを担いだまま。

 

 同時に異形な魔女の足下に陣が浮かび上がる。

 間髪入れず、周囲の雪は大きく陥没する。
 落ちると言うよりは、上からたたき付けられたかのようなそれは、クレーターのように雪と地面を、そして魔女を巻き込み逃げる時間などなく圧縮する。

 

 頭部の無い魔女の一人が再び動かなくなった。

 

 残り二人の異形の魔女は、エルミリディナと担がれたヴァルルーツへ同時に飛びかかる。

 

 その体には、歪な紋様が光を零しながら散見している。
 おびただしい数の内包した魔法陣が表面に露出し始めている。それは、器の限界と覚醒の兆候であることをヴァルルーツは知らなかった。

 

 今度はエルミリディナの足下に魔法陣が生成されると、飛びかかってきた魔女に攻撃を仕掛ける。

 

 しかしエルミリディナの行動を封じるかのように、後方より接近した異形と成していない別の魔女より攻撃が飛来する。

 

 エルミリディナにとって、受け流す事も受けきる事も簡単だったが、肩に担いだヴァルルーツは耐えられないかもしれない――そう判断したエルミリディナは魔法陣を放棄しその場を離脱する。

 

 リネーシャの後を追うように再び駆けるエルミリディナだったが、すでにその距離はかなり開いてしまっている。

 

「王子」

 

 エルミリディナは戦闘が始まって初めてヴァルルーツに声をかける。

 

「は、はい!」

「今から貴方を投げ捨てるわぁ」

「えっ……はっ!?」

「私から言うことは、『自力で着地すること』『着地後はこちらに戻らず一目散にリネーシャの元に行くこと』。いいかしらぁ?」

 

 動揺と疑問符が脳裏に過ぎった。

 だがヴァルルーツは確信していた。
 それが出来なかったら命は保証できない――そう彼女は言っているのだと。

 

「わ、分かりまし――」

 

 そう返答する、その途中で体は大きく宙へ放られる。
 これで彼女に投げられるのは二度目だ。

 

「――ッ」

 

 世界が回転しながら白銀の雪原が接近してくる。なんとか魔法陣を展開すると、回転を抑制し、着地に対応させる。

 戻るなと言われていたが、駆け出す前にエルミリディナの方一瞥いちべつする。
 その背中は華奢な女の子のそれだったが、足下で展開される魔法と鬼道の混合術式は明らかに子供――いや人類の範疇を超えた出力を誇っている。

 すぐに踵を返し、リネーシャの元へ合流すべく駆け出す。

 すでにかなりの距離が開いてしまった。
 ヴァルルーツは高速移動を主とする得意の魔法術式を発動させ加速する。
 だがリネーシャたちはそれよりも速く、次第に離されていった。

 

 

 エルミリディナはヴァルルーツを放り投げると、即座に術式を展開する。

 異形の魔女はそのまま突撃するが、他の魔女はその異様な出力の陣を感じ取ると、急速に散開し防御と回避に専念する。

 

 足を開き腰を低く、前屈みに腕を引き、力を両拳に集中させる。
 即座に収束を終えると、全身を使い両腕を勢いよく前へ突き出す。合わせて発動する攻撃は、飛びかからんとする異形の魔女に向かって放たれる。

 

 業火が異形の魔女を灰燼かいじんへと変える。

 

 その腕から放たれた火焔かえんは引火し爆発を繰り返すように、それでいて溶岩のように粘りけを持って、一気に広範囲へと拡散する。

 

 巻き込まれた二人の異形の魔女は蒸発しその灰燼すらも燃え尽きた。
 ただ一つ。体内に埋め込まれた劇慟硝石と呼ばれる物質を遺して。

 

 前方へ扇状に広がるエルミリディナの攻撃は、発動中に身動きが取れなくなる弱点を抱えていた。

 その隙を魔女は見逃さない。

 

 一人の魔女が火焔の縁をかいくぐり懐に飛び込む。

 

 魔女の視線はエルミリディナを捉えた。

 

 だが、その形相はしっかりと魔女の方を見下し、三白眼と愉悦に零す満悦な笑みを浮かべている。それが、魔女に罠であることを悟らせた。

 

 火焔は急速に術者の腕すら破壊しはじめる。

 

 本人の肉体すらも沸騰する術の暴走は、全身に行き渡るよりも早く限界点をむかえ、爆轟はエルミリディナもろとも魔女を灰燼と化す。