第二八話

 だが冷静に思い返してみれば子供でも難なくできる算数だ。

「現在、王国軍側でも捜索を行ってはいる。だが正直言って期待はできない。そこで我々も騎士を編成し、独自に捜索に当たることとする。ロロベニカ」

「はい」

「第二から一名、第三から三名、第四から二名の混成の捜索班を作り、これらの指揮に当たりなさい。第二から怨人被害地区への派遣する頭数を忘れないように」

「分かりました」

 班の指揮を第二部隊の人員が担い、戦闘状態へ移行した場合に備え、戦闘に秀でた第三部隊から三名、雑務と連絡要員として第四部隊から二名割り当てる。

 汎用性を重んじた構成だとスティアは感じる。

 だが、第四部隊から二名ずつ出すことに不安を感じた。
 新人の多い第四部隊の大半はすでに疲労困憊な状態だからだ。

「ルグキス」

「何なりと」

 少し間を置き、次に司祭は、第三部隊隊長のルグキスへ声をかける。

「第三だけで構成した三から五名の護衛班を作り、巡回に当たりなさい。巡回場所は先ほどの捜索班の周辺。捜索班を援護し、信徒を守りなさい」

「了解」

 捜索班にも戦闘に秀でた第三部隊から人員を割り当てている。
 それとは別に護衛班を作る事に、疑問を感じた者もいた。

 スティアもその一人だ。

「捜索については、まずブリニーゼ歓楽街の周辺からはじめることとする」

 なぜそんな遠い所から――スティアは司祭の意図が分からなかった。

 城塞都市のベギンハイトは、他と比べて突出して兵士の数が多い。
 勤務を終えた兵士は宿舎に戻るわけだが、その付近で歓楽街が盛況となるのは自然の流れだった。

 様々な移り変わりから、現在では三つの大きな歓楽街がある。
 そして、怨人の襲撃から最も離れた位置にあるのがブリニーゼ歓楽街だ。

「その狙いを伺ってもよろしいでしょうか?」

 ルグキスは愚直に問う。
 武闘派である彼は、分からない場合には素直に聞くようにしていた。

 スティアは代わりに聞いてくれたことに内心感謝しつつ、耳を傾ける。

「まずは襲来の状況から少し整理しよう。飛行していた四名はベギンハイト上空にさしかかる直前に三つに散ったそうだ。怨人はそのうち一人を狙い急降下してきた。なぜその人物を狙ったかについてだが――スティア、怨人の標的の選び方についてわかるだろうか?」

「――は、はい! 植物、昆虫、動物、人類の順で、後者の方が優先して狙われます。同じ順位の対象が複数あった場合、怨人に近い者から、複数いた場合はもっとも早く視界に入った者から標的となります。しかしそれ以上に、魔法や鬼道が周囲で認められるとそちらを優先し、より大規模な出力を誇る術式を優先して襲撃します」

「その通り」

 ミラティク司祭の問いに答えられたことで、スティアはホッと胸をなで下ろす。

 しかし、すぐに安堵感を奥へ押し込んだ。
 こんなものは騎士に限らず、王国軍兵士でも新兵で覚えていなければならない内容だからだ。

「すなわち最終的に怨人が追った人物が、最も高出力の術式展開をしていた事となる。そしてこれから捜索するのが、その人物だ」

 つまり、捕らえた獣人以上の実力者である可能性がある。そのために過剰とも思える護衛班を展開するのか――とスティアは納得する。

「なるほど。だから第三部隊を巡回させ、捜索班にも護衛が必要という事ですか」

 ルグキスも同様に納得したように言葉を返した。

 しかし疑問が解消していない侍祭が質問を投げかける。

「ですが、なぜブリニーゼ歓楽街なのでしょうか? そもそも、それだけの実力者であると仮定するならば、すでに城壁外へ逃げている可能性が高いと考えますが」

 たしかにその通りだ――スティアは同じ疑問を浮かべている間に、ミラティク司祭は予期していた様子で質問に答える。

「怨人の襲来において懸念事項のうち、連鎖的な襲来の有無を確認することが非常に重要なのは承知の通り。無駄飯ぐらいの王国軍といえど、この時ばかりは警戒を密にしておる。そこを全く誰にも関知されず抜け出せるほどの実力があるならば、同胞であろう他三名を助ける行動を取っていてもおかしくない。それはベージェスが交わした獣人との会話内容からの推察だ」

 皆の視線がベージェスに向けられるが、説明を口にしたのはミラティク司祭が間髪入れず解説してくれる。

「要約すれば、『老女は自分に託されたのだから絶対に手放せない』『投降も出来ない』『今すぐ仲間の元へ向かう』」

 すなわち強い同族意識、あるいは仲間意識がある間柄なのだと推測される。

 もっとも、ミラティク司祭自身も言っていたように、それは憶測に過ぎない。

 しかし獣人の口にした「言葉の真偽」は別としても、「その言葉を口にしていた」と言うひとつの事実がある。

 その点は憶測ではなく証言だ。

「先にも少し触れたましたが、魔人の老婆は現時刻に至るまで一度も目を覚ましていない。どうやら酷くオドの影響を受けている様子で、これはベギンハイト襲来以前に意識を失った可能性が高い。そして人狼は、その魔人を託されていた。では飛行の中核を担っていたのは実質二人。その可能性があります」

 司祭の言わんとしている事が分かった一部の侍祭からどよめきが上がり始める。

「そして襲撃時、すでに怨人は損傷していたとのことベージェスが目撃しています。致命傷とまではいかずとも、広範囲にわたって魔法あるいは鬼道で攻撃された痕跡が見られと。王国軍側の攻撃も。そしてバラギアは、怨人よりも散った人物の一人を捕らえることを優先していた。捕らえたのは少女で、結果だけ見れば一方的に少女が負けています」

 どよめきに、スティアの声も混じる。

「もちろん、戦闘に不向きな術者であった可能性は十二分にある。しかし――」

 ミラティク司祭の考えている懸念を理解し、スティアは息をのむ。

「現在逃走中の人物が一人で、『四人を飛行』させ『強力な魔法か鬼道の攻撃を敢行』しつつ、『仕留めきれずとも、それでもベギンハイトまで逃げてきた』のだとすれば、これは英傑の域といって過言ではない」

 ――そこまでできる実力があるのであれば、下手をするとベージェス団長よりも格上の相手ではないか?

 侍祭の間でそんな懸念が表情に浮かんでいた。

「し、しかしなぜ不浄の地からなど――」

 その話題は憶測の域をでないとしながらも、ミラティク司祭は一つの仮説を伝える。

「ベギンハイト上空でばらけたのがもし、『仲間を助けるため』だとしたら。仲間を切り離し、自分が一手に怨人を引き受けるために」

「な、なぜそのような回りくどい……上空を通過することが出来たのではないでしょうか――」

 それができるならそうしたのだろう――スティアは内心でそう考える。

「マナ・エスの枯渇や高濃度のオドの影響、あるいは負傷――理由はいくらでも考えられる」

 このあたりはまつりごとを生業とする聖職者には実感のない話だ。

 しかしそのこと自体は問題ではないと司祭は言葉を続ける。

「真なる問題は、その人物が怨人を引き受けたうえで、ベージェスとバラギアが現場に駆けつけるまでに生存し、あまつさえ最終的に追跡を振り切り闇夜に身を潜めることのできた。その現実だ」

 その人物の驚異度が、累乗的に増していくような感覚をスティアは覚える。

「人狼種の話ぶりから、仲間を重んじているのはほぼ確実でしょう。ならばなぜ逃亡中の侵入者は逃げるでも助けるでもなく、身を隠したのか――」

 ――そうだ。もしもその時にまだ余力があるのであれば、真っ先に仲間のところに向かったはずだ。けど、あえて隠れたのはなぜ?

 スティアが考えていると、目の前の侍祭が声を上げる。

「つ、つまり、潜伏し回復をはかっている、と!?」

 なるほど――とスティアは腑に落ちた。
 そして同時に血の気が引いた。

 怨人の襲撃時、近くにはベージェス団長とアレバラギアがいた。
 限界かもしれないなか、英傑二人から逃げたうえに、冷静に回復をはかれるだけの頭脳、あるいは経験則を持っている――ミラティク司祭が有事において第三部隊の多くを割り振ってでも捜索を敢行する理由が分かった。

 相手の底力が計り知れないのだ。

「もしも隠れるならば、闇夜か雑踏の中が侵入者にとって都合がいい。歓楽街ならば夜通し人は多く、何らかの方法で金銭を準備できれば、食事と、場合によっては宿すら取ることができる」

 その為に襲撃地点から最も遠い大規模なブリニーゼ歓楽街が隠れ蓑として選ばれたのではないか。

 ミラティク司祭がブリニーゼ歓楽街を捜索する真意を理解し、スティアは一つの懸念を自覚する。

 ――つまりこれは、時間との勝負だ。

 逃走中の人物が回復するより先に見つけなくてはならない。

 英傑の域に達する相手と戦うとなれば、ベージェス団長が全力を出す必要があるだろう。
 だが回復される前であればその限りではない。

 だからこそブリニーゼ歓楽街に捜索を絞るという賭けに出るのだ。

「侵入者の『個』の強さが未知数である以上、こちらの戦力を分散させるのは愚策。故にロロベニカはこれまでの点に留意しつつ、まずはブリニーゼ歓楽街とその近辺の捜索を行うように」

「分かりました」

 ロロベニカ副団長に捜索の真意を告げ終えると、司祭はシルグ助祭に視線を向ける。

「そしてシルグ」

「はい」

「貴女は王国軍側との交渉を」

 こと有事においても冷静沈着なシルグ助祭の表情が、初めて崩れた。

「それは、バラギア氏が捕らえている少女の件――で、お間違えないでしょうか」

「ええ。早急にこちらへ引き渡すように、と」

 シルグ助祭の表情に、懸念という感情が浮かび上がる。

「――彼はベギンハイト家の次男であり、ロゼス王国の三英傑の一人です。こじれると色々とやっかいになりますが」

 しかしその懸念は無用だと、ミラティク司祭は余裕のある口調で答える。

「すでにガルフ・ベギンハイト氏に根回しをしています」

 そのために会議に遅れてしまったのだとする司祭に、シルグ助祭は不服そうな表情を浮かべながらも肯定する。

 その会話を耳にしたスティアは、思わず視線を会議から外すように足下へ向けてしまった。

 ベギンハイト家の継承権第一位である長男――実の兄の名が出たためだ。

「ベージェスは捕らえている二人の対応を。オドのない地下牢故、問題ないとは思うが、手遅れとなってからでは遅いからね」

 万が一にでも人狼が抵抗、ましてや脱獄した場合、対応できるのはベージェス団長ただ一人かもしれない。

 そのうえ、それだけの手練れ相手から情報を引き出さなくてはならない。
 これは相手以上の実力者が行うこと、あるいは同席している事が望ましい。

 その事は、スティアでも理解できた。

「了解いたしました」

「ただし、逃走者が第三部隊やルグキスを以てしても抑えられない場合は、迅速に現場に駆けつける必要もある。いつでも動けるように」

「心得ております」

 捜索する侵入者が人狼よりも強い可能性がある。
 すなわち、こちらもベージェス団長しか対応できないのだとすれば、教会から動けず、というわけにはいかない。

 そう理解していると、ミラティク司祭が少しばかり残念そうな顔をし、スティアの名を呼ぶ。

「スティア」

「はっ、はい!」

「第四部隊があの状態では使い物にならず、かえって足を引っ張るこことは必至でしょう」

 心臓が止まるかと思えるほど、その言葉は予期していなかった。
 司祭が第四部隊を捜索班に組み込んだと言う事は、少なくとも第四部隊の状況を知らないのだと思い込んでいたからだ。

「はっ……はい。……申し訳ございません」

「他者の上に立つのであれば、部下の管理というのも当然必要になってくる。絶対に避けられない道も、決して弱音を吐けない場面も確かにある。時には死んでこいと言わなければならないときもある。それでも、部下を酷使するしか能のない者は、最も適性がないと言わざるを得ない」

 こんな有事ですら、ミラティク司祭は部下を育てるために活用する。
 すなわち捜索班の命令を出した時に試されたのだ。

 スティアは後悔していた。

 捜索班に第四部隊も動員されると言われた場合に割ってでも入るべきだった。
 第四部隊は現在、とても任務に堪えられる状況ではない――と。

 騎士は有事こそ働くべきだ。

 だがそれは騎士としてだ。
 騎士をまとめるべき隊長として考えるべきは、今後起こるかもしれないさらなる有事に備え、少しでも部下を休ませてやることだ。

 だからこそ、隊長として具申するべきだった。

 目先の評価は下がるかもしれない。
 特に騎士の経験のない聖職者からは不評を買うかもしれない。

 それでも人の上に立つならば、隊長という役職を与えられたからには、それが出来なくては素質がないと見なされても仕方ない。

「申し訳ございません。第四部隊は現在、戦力として数えるには問題があります。動かせるとしても、第二第三部隊への転属候補生がせいぜいです」

 スティアは椅子から立ち上がり司祭に対し頭を下げると、言葉を引き継ぐようにベージェス団長が司祭に提案する。

「それでは、候補生は一時的に第一部隊の指揮下に入れましょう。その方が彼らにとっても良い刺激になるかと」

 第一部隊は有事だからこそ、教会や聖職者の護衛をしなくてはならない。
 その指揮下に入るということは、教会に残るということだ。

 つまり、何かあるまでは実質的に待機に近い。

 ミラティク司祭が頷き肯定すると、ベージェス団長は続けて副団長のロロベニカに話しかける。

「捜索班について、第二部隊から二名ずつ当てることは可能か?」

「問題ありません。ただし、第二から出せる人員はほとんどなくなりますので、細かな不測の事態に際しても第一部隊にお願いすることとなっても大丈夫でしょうか?」

「問題ない。その為の予備戦力だ」

「了解しました」

「では第四部隊の残りの人員については解散させ、十分な休息を取らせましょう」

 スティアの失態を、ベージェス団長がすぐに穴埋めをする。

 動ける第四の騎士は第一部隊の預かり。残りは解散。
 それはつまり、一時的とはいえ、スティアは隊長として指揮するべき部下が一人もいなくなったことを意味する。

「スティア、昨日の今日だ。お前も今日はしっかりと休んでおけ」

 ベージェス団長はさらに気遣いまでしてくれる。

 スティアはベギンハイト支部騎士団の中でも非常に高い実力を持っていた。
 特に鬼道の才覚は頭一つ抜きん出ており、一対一の試合で彼女に勝てる者は支部には数えるほどしかいないだろう。

 だがスティアと一般的な新人のスタート地点は明らかに違っていた。

 彼女は司祭の命で騎士団に入隊直後にベージェス団長――当時は第三部隊の隊長――の直属の部下として配属された。
 第四部隊に所属しない新人は異例で、明らかな特別扱いなのは、入団した十歳の時から理解していた。

 それは決して鬼道の才覚を見いだされたからではない。

 彼女――スティア・ベギンハイトはこの都市を治める大貴族ベギンハイト家の六女だからだ。

 スティアは幼い頃に見た、決して折れることのない屈強な騎士像と、弱きを助ける騎士道精神に憧れた。

 それが誰であったのか、現実だったのかすら覚えていない。
 それほどの幼少の頃の記憶だが、その頃から取り憑かれたように騎士になりたいと考えていた。

 しかし貴族の娘であるスティアは騎士になれない。

 女性の騎士団員も少なくない。
 実際、スティアが入団したときの団長は女性だった。
 だが王国でも名のある大貴族の名が足枷となった。

 箔を付けるために騎士団に所属する貴族の子も少なくない。
 だが女である事が足枷となった。

 名のある騎士にめとられる事はあっても、自身が騎士になる道などなかった。
 それがスティアの生まれたロゼス王国における常識的観念だったからだ。

 しかし転機は前触れなく訪れた。

 ミラティク司祭とたまたま言葉を交わす機会があり、自分が領主の娘であるが騎士になりたいのだと懇願したのだ。
 ミラティク司祭は領主――当時はスティアの祖父――と話し合いの場を持ち、そしてスティアは、騎士として出家することを認められた。

 当時十歳だったスティアは騎士になれたときは諸手を挙げて喜んだ。

 だがそれから十二年。大人になったスティアは、一族と教会との政略道具の一つでしかなかったことを理解していた。

 そして、『弱きを助ける立派な騎士』ではなく、祭祀における『お飾り』としてでしか役に立っていない現状に、心の奥底では燻っていた。

 特に隊長に任命されてからのここ一年はそうだ。

 確かに鬼道の才覚に恵まれていた。
 これによって肉体的に数段格上の相手とも渡り合えたのは事実だからだ。

 だからこそ、どこかで自惚れていた。
 自分は立派な騎士になれるのだと。

 だが第四部隊を任されるようになってからは、現実が目の前に立ちはだかった。

 スティアは年齢以上の実力がある。
 勉学においても優れた成績を収めた。
 だが勉強が出来る事は、頭脳明晰であることの証明とはなり得なかった。

 事実、このような会議においてなかなか頭が付いてこない。
 決められた評価の枠組みの中では優秀な成績を収められるが、いざ自分で考えることを迫られた場合に、どうしたらよいのか分からなくなってしまう。

 何も考えず、目の前の困っている人に手を差し伸べる。
 傍若無人な者から人々を守る。
 騎士としてそれは正しい。

 そしてスティアもまた、そうしてきた。

 だが騎士を束ねる隊長は、それだけではやっていけない。

 ベージェス団長によって隊長に指名されてまだ一年。
 正確には一一ヶ月とちょっと。

 隊長としての適性に疑義を感じ始めていたスティアは、これまで積み上げてきた自信が砂上の楼閣だと露見し、内心ではすでに崩れ始めていた。

「――いえ! 副団長の補佐にまわります!」

 だからせめて、ひとりの騎士として、体力的な理由で下がることだけは認めたくなかった。

 そこを失っては、砂上の楼閣がすべて波で持って行かれる気がしたからだ。

「……そうか。ロロベニカ、任せる」

「分かりました」